
自分は音楽、演劇、同人誌とそれはもう色々と鳴かず飛ばずなりに人生の半分以上は創作とか芸能な活動をしてきたのですが、たびたび「センス」「才能」という言葉を聞かされました。AI動画で遊んでいる今もそうです。何かを創るという行為において人は「センス」という言葉をよく使います。
どんなに努力しても「センス」のあるやつには勝てない、とか「才能」が無いとできないとか、何かしら創作をしてきた人なら「センス」という単語を聞いてきたはずです。おそらくこれは文化的なものに限らず、スポーツ界でもそうでしょう。持って生まれた体格、反射神経についてもセンスとか才能という言葉が出てきます。
たしかに学生とか子供の作品で、とんでもない出来栄えのものを目の当たりにすることがあります。作品的なセンスを先天的に持ってる人には敵わないと思う事はあります。また、センスまではいかなくとも相手が自分よりはるかに上のところにいると感じる場面もあります。そこで「自分には才能がない」と諦める人は多いと思うのですが、センスというのはそんな簡単なものではないと思います。
作品等で現れるセンスというのは「短期的な目立ちやすいもの」であって、ゴールをどこに置くかでその意味も変わってきます。例えば「作品を世界に広めるアーティストになりたい」と言った場合、広めるための人脈づくり、プロモーション、コミュ力が必須です。「お金を稼ぎたい」というゴールもそうでしょう。「歴史に名を遺す作家になりたい」という目標でも作品単体だけの力で到達するのは難しいものです。
その道で有名になるために必要な能力は作品の品質だけではなく、「人を動かす力」「市場を読む力」「継続する力」「状況判断をする力」など、挙げればキリがありません。そしてそれらの力は「短期的に見えにくい」ものであったり「第三者が容易には判定できない」ものだったりするものだと思います。そして案外その能力は自分自身も気付かないものです。
作品の出来の良し悪しは別にしても「どうして自分の作品が認められないんだ!」という悩みは作品の質以外に案外そういったところの能力が関係しているものです。それは社会に出れば出るほど嫌でも思い知らされます。
「仕事にしたい」「有名になりたい」というゴールに必要なものは何かを見る視野が広い人は強いと思います。
